竹下幸之介の実家は焼き鳥屋!日体大卒で高校は?入場曲やWiki風プロフィールも紹介!

引用:https://www.facebook.com/ddtpro/

唯一無二で異彩を放つ団体・DDT。

男色ディーノ選手やスーパーササダンゴマシン選手などの、

バラエティ色強い選手が多いなか、

HARASHIMA選手や入江茂弘選手などの、

バチバチのヘビー級の選手もいます。

そのなかで、この数年で一気に、

DDTのみならずプロレス界で最重要な存在になった選手がいます。

それは、竹下幸之介選手です!

名前を「竹下幸之助」と間違えられることも

あるようですが「竹下幸之介」ですからね!

今回は竹下幸之介選手を紹介します!

実家は焼き鳥高校生の頃のエピソード、

気になる入場曲も紹介していきます!

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竹下幸之介のWiki風プロフィール

引用:https://www.instagram.com/takesoup/?hl=ja

リングネーム 竹下 幸之介
読み方 たけした こうのすけ
本名 同じ
ニックネーム ザ・フューチャー
2億万年に1人の逸材
身長 187cm
体重 95kg
生年月日 1995年5月29日
年齢 23歳
出身地 大阪府大阪市
血液型 O型
所属 DDTプロレスリング
スポーツ歴 陸上
デビュー 2012年8月18日

幼少期~小学生

アントニオ猪木選手が大好きな父の影響で、

プロレスを見るようになった竹下幸之介選手。

レンタルショップでほぼ毎日、

プロレスのビデオやDVDを借りてきては

釘付けになっていったようです。

そんな姿を見かねた両親は、

プロレス専門チャンネルである

「サムライTV」に加入!

朝から夜中までプロレスばかり放送してるので

竹下幸之介選手は、半ば引きこもり状態で

プロレス鑑賞にのめり込んでいきました。

その膨大な量のプロレスの映像のなかで、

WWEの日本大会で行われた、

HHHvsクリス・ベノワの試合をみて、

「いつか、クリス・ベノワと戦いたい」

と思うようになったと言います。

そんな竹下幸之介選手が初めて観たプロレスは

地元・大阪を拠点に活動する大阪プロレス。

スペルデルフィンが立ち上げたこの団体は、

「プロレス教室」を開催していました。

そこに通い始めた竹下幸之介選手。

子どもの部と大人の部に分かれていましたが、

子どもの部だけでは満足できず、

大人の部にも入ったそうです!

そこでコーチをしていたタイガーマスク選手に

名門のレスリングジムを紹介してもらい、

そこにも通うようになりました。

更に、プロレスラーへの夢を実現させようと、

色んな団体に履歴書を送った竹下幸之介選手。

やはり、小学生ということもあり、

どの団体からも返事がない中、

高木三四郎選手から返事が来たそうです!

年齢の事もあるので、中学を卒業したら

面接しようと返事が来たと言います。

中学生

中学へ上がった竹下幸之介選手は、

レスリング部がなかったことから、

陸上部へ入部。

四種競技と呼ばれる、

100メートルハードル
砲丸投げ
高跳び
400メートル走

上記の四つの競技の合計記録で

競われる種目を選択し、

全国大会優勝レベルの成績を保持しました!

やはり、DDT随一の正統派にして、

未来のプロレス界を背負って立つ選手!

中学生当時から類まれな才能と

身体能力を備えていたんですね!

しかし、最後の大会で反則による失格。

竹下幸之介選手は、

このことを後悔し高校進学を決めます。

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高校生

竹下幸之介選手は高校に通いながら、

大阪大会には出場するという契約で、

現役高校生プロレスラーとして

デビューすることとなりました!

陸上の全国大会レベルの高校生が入ってくる、

というニュースはDDTファンのみならず、

全国のプロレスファンの間で話題になりました。

DDTの大阪大会での公開スパーリングなどで、

その実力が徐々にファンのあいだで浸透してくると、

竹下幸之介選手のデビューが決定します。

それはなんと、日本武道館

DDTの年間最大の大会「両国ピーターパン」。

この年は、日本武道館での開催が決定しており、

そこでのデビューが決定しました。

しかも、相手は、メキシコのスーパースター、

エル・ジェネリコ選手。

DDTの未来のスターにとっては、

最高のデビューとなりました。

大学〜デビュー後

デビュー後はDDTプロレスの

当時のアイコンともいえる、

ポイズン澤田JULIE選手の引退試合の相手や

キャリア初の60分フルタイムドローを

経験するなど新人離れした活躍で、

DDTで大暴れしました。

その結果2013年のプロレス大賞で

新人賞を獲得しました!

その勢いのまま、DDTで活躍しながら、

竹下幸之介選手は、日本体育大学へ進学。

現役高校生プロレスラーは、

現役大学生プロレスラーになりました。

ここからの竹下幸之介選手の扱いは、

「破格」なものだったと思います。

KO-D6人タッグを最速で戴冠。

同期入門の遠藤哲哉選手と組んで、

あの最強タッグチームである、

飯伏幸太選手とケニーオメガ選手の

ゴールデン☆ラヴァーズがもつ、

KO-Dタッグ王座に挑戦し、

見事奪取しました!

そして、2014年には、

新日本プロレスのエースである、

棚橋弘至選手と初シングルマッチ!

敗れはしたもののデビューからわずか2年で

プロレス界のトップとシングルマッチを

組んでもらえるなんて、

やはり「破格」の扱いだということは

間違いありません!

そして、最も破格なのが、

KO-D無差別級王座最年少記録

そして、最多防衛回数更新

これまでタッグ戦線での結果は申し分ないものでしたが、

シングルでのタイトルはまだまだ遠いものでした。

しかし、2015年に佐々木大輔選手から奪取したことで、

最年少での記録を誕生させました。

DDTが誇る至宝の防衛ロードは厳しいもので、

HARASHIMA選手などの正統派から、

男色ディーノ選手の様な異色な闘いまで、

全ての戦いを網羅してきました。

その中でも同期である遠藤哲哉選手との

試合は激しさの極みでした。

同期入門ながら「破格」の扱いを

受け続けてきた竹下幸之介選手。

一方の遠藤哲哉選手は、いいモノをもってはいるものの、

それがうまく爆発してきませんでした。

それが、ダムネーション入りして、

ヒール転向してから、一気に開花しました。

その因縁の同期対決は、60分フルタイムドローで竹下幸之介選手の防衛。

しかし、決着をつけるべく年間最大の大会である両国国技館で決戦し、

見事、必殺のクロス式ジャーマンで防衛を果たしました!

DDTの様々な選手を倒し、

名実ともに王者となった竹下幸之介選手。

しかし、DDTはまだまだ奥が深い団体です。

これからの竹下幸之介選手の活躍に期待です!

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竹下幸之介の実家は焼き鳥屋さん?

竹下幸之介選手の実家は焼き鳥屋さんで、出身地である大阪で約30年に渡って営業しています。

竹下幸之介選手はなんと、

赤ちゃんの時から焼き鳥を食べていて、

離乳食がつくねだったと言います!

竹下幸之介選手の素晴らしい肉体は、

子どもの頃から食べ続けた

焼き鳥に起因しているんですね!

そしてなんと2018年には東京へ進出しました!

江東区の住吉という場所にオープンした、

「鳥之介」という名前の焼き鳥屋さんです。

竹下幸之介選手のTwitterでも度々登場し、

地元の方はもちろん、

竹下幸之介選手のファンの方で、

連日満員の大人気店だそうです!

運が良かったら、竹下幸之介選手に会えるかも?

竹下幸之介の必殺技と入場曲は?

引用:https://www.instagram.com/takesoup/?hl=ja

竹下幸之介選手の必殺技といえば、

ジャーマンスープレックス

プロレス技の基本中の基本。

若手からベテランまでが最初に覚える、

このジャーマンスープレックス。

過去、多くの名手が存在しますが、

竹下幸之介選手もその一人です。

必殺技にまで昇華できる選手が少ない中、

竹下幸之介選手のジャーマンは、

その体格をフルに生かし、

ハイアングルから叩きつけ、

そのブリッヂも美しい、

まさにプロレスの芸術品なんです!

そして、大一番のみで繰り出す、

竹下幸之介選手の奥の手、

最高ランクのフィニッシャーが、

クロス式ジャーマンスープレックス

通常のジャーマンは、相手の腰に腕を回してクラッチするのに対し、

クロス式は、相手の腕をクロスさせてクラッチするので、

受け身が取れない、危険度もSS級の超必殺技です。

竹下幸之介選手はこの技で、

当時のKO-Dタッグ王者であるケニーオメガから

3カウントを奪い、見事、初戴冠しました!

その他にも、子どもの頃からプロレスごっこをして育ち、

その時に開発したオリジナル技なども、

現在でも使用したり、

好きな漫画から技名を付けたりと、

必殺技から、竹下幸之介選手のパーソナリティが伺えますね!

そんな竹下幸之介選手の入場曲といえば、

『Curtain Rises』です!

2019年から使用しているこの楽曲。

V系バンド「NoGoD」とのコラボで完成したこの入場曲は、

竹下幸之介選手の激しい試合のイメージとマッチして、

とてもカッコいいですね!

竹下幸之介のプロレスまとめ

ここまでの竹下幸之介選手をまとめると

・幼少期からプロレスにのめり込み、小学生の時に各団体に履歴書を送るほどだった。
・中学陸上界で名を馳せ、そのまま現役高校生レスラーとして活躍。
・デビューが日本武道館という破格の扱いのまま、デビュー後も破格の活躍をみせる
・強いDDTの象徴として、これからの活躍に期待される。

DDTのイメージはエンターテイメント。

これまでの活動もそういうイメージが強かったのですが、

竹下幸之介選手の存在により、

「強いDDT」というイメージが台頭してきました。

これからも、様々なプロレスを見せてくれるDDTにおいて、

最強の存在でいて欲しいです!

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