引用:https://www.instagram.com/takagi__shingo/?hl=ja
2018年10月8日。
この日は新日本プロレスに激震が走りました。
内藤哲也選手を中心に彼の「パレハ」で
構成された大人気ユニット、
「Los Ingobernables de Japón/ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」に
新たなパレハが加入しました!
その正体はなんと大会前日に、
「Dragon Gate/ドラゴンゲート」を
退団してからフリー宣言をしたはずの、
鷹木信悟選手でした!
ドラゴンゲートでは圧倒的な筋肉とパワーで
強さを発揮していましたよね!
新日本プロレスではヘビー級とJrヘビー級の
2つの階級が存在しますが、
鷹木信悟選手はどの階級なのでしょうか?
そこで今回はドラゲー退団からの引退説、
新日本移籍そしてロスインゴ入りまでの
経緯をまとめて見ながら鷹木信悟選手を
考察していきたいと思います!
鷹木信悟がドラゴンゲートを退団!?14年の歴史に幕
鷹木信悟選手がドラゴンゲート退団を
発表したのは退団1ヶ月前の9月7日。
ドラゲーのオフィシャルブログを通じて
フリー宣言をしました。
このコメントを見る限り鷹木信悟選手は
ある思いを募らせていたことが伺えます。
それは他団体への参戦。
現在は様々な団体が活動するプロレス界。
コアなファンを抱える団体も多いですが、
やはり新日本プロレス一強というのは
間違いなく揺るぎない事実です。
なのでインディーズ団体は対抗戦や交流戦、
もっというと選手レベルでの提供試合や
参戦なんてのがあるのがザラです。
しかしドラゴンゲートは昔から他団体との
交流戦が圧倒的に少ないんです!
これは団体の方針なのでしょうが、
ドラゴンゲートは完全に独自の進化を遂げた
まさにガラパゴス団体なんです!
前身団体である「闘龍門JAPAN」の頃から
ルチャ・リブレスタイルに特化しており、
スピーディで展開の早いプロレススタイルを
売りにしていたこの団体。
ドラゲーならではの特徴が2つあります。
1つはルールとリングに関すること。
ドラゴンゲートにはタッグ戦で「タッチ」の
概念がないという事です。
スピーディな展開の中でタッグパートナーと
交代する時にタッチをすることで、
テンポが崩れることを忌避することができ、
タッチせずに試合権利が移動するというより
試合に参加している全員が権利をもっている
というルールになっています。
そしてそのスピーディな展開をさらに
演出するのがリングの大きさです。
ドラゴンゲートのリングは他団体の
リングより小さめに作られています。
それはルチャの本場・メキシコのリングを
モチーフにしているんですよね。
平均身長が低い選手が多くて選手の動きを
より激しく魅せるために、
わざと小さく設計しているんです。
闘龍門JAPAN時代には神戸のライブハウス、
「神戸チキンジョージ」という場所で
定期的に試合をしていました。
ライブハウスという狭い空間のなかで、
リングサイドにお客さんが張り付くほどの
近い距離感で行われる試合はさながら
パンクバンドのライブのようなものでした!
このスタイルを売りにしている影響から
他団体へ参戦すると「タッチの概念の差」や
「リングの大きさの違い」がマッチアップに
影響していい試合が生まれにくいのです。
ともすれば参戦したドラゲー選手の価値が
下がるかもしれないということで、
他団体との交流は慎重派だと考えられます。
そんな中2006年頃を境にドラゴンゲートは
団体の「開国」を宣言します。
新日本プロレスの初夏のシリーズ、
「ベストオブザスーパージュニア」を始めに
様々な団体へと選手を派遣していきます。
しかしそのラインナップに鷹木信悟選手の
名前が挙がることはありませんでした。
他団体へ出して結果が残せる見込みのある
選手を派遣するというのが団体の方針であり、
もっというと親心でもあったのだと思います。
創成期からの選手なら団体の信頼もあります。
また売り出し中の選手を出すのならばベルトを
持っていないタイミングで出すというのも、
フロント陣の考えであるのも当然です。
ですから望月成晃選手やドン・フジイ選手ら
ベテラン勢なら可能性もありましたし、
他で言えば若手だったらベルト戦線から
一旦離れていたB×Bハルク選手などを
外へ出すことはありました。
鷹木信悟選手はB×Bハルク選手と同期です。
しかし当時はまだ格下扱いなので他団体へ
出向くことはできませんでした。
やはり鷹木信悟選手にドラゴンゲート内で
地位を確立させて欲しかったという、
団体の狙いがあったからだと思うんです。
実際にオープンザドリームゲートの獲得や
ユニットでの存在感も発揮していったのも
この時期からなんですよね。
そんな思いとは裏腹にドラゲー内での
鷹木選手の影響力は年々高まっていきます。
だんだんと世代闘争の中心人物となり、
B×Bハルク選手との同期対決をやれば
必ず名勝負が生まれるという、
ドラゴンゲートにおける「鷹木時代」は
徐々に確立していきました。
そんなときにイケイケの鷹木信悟選手に
大きなチャンスが舞い込んできます。
それはチャンピオンカーニバル出場!
他団体へ出て自分の力が閉鎖的で独特な
ガラパゴスではないという証明がほしい、
そのような気持ちがこれまで積年していた
鷹木信悟選手にとってはうってつけの機会。
チャンピオンカーニバルという大会は、
全日本プロレス伝統の春の祭典。
昔は全日本所属の選手で争われていた
このタイトルが秋山準社長になってから
他団体やフリーの選手を多く起用し、
今までとは違う形でプロレスファンを
わくわくさせる大会となりました。
諏訪魔選手をはじめ石川修二選手、
ゼウス選手、火野裕司選手、
ボディガー選手といった実力者揃い。
新日本のような派手さはないですが
実力は新日本以上とも言われています!
この人々を称賛する意味で今大会は、
「野球でいう昔のパ・リーグのようなチャンピオンカーニバル」
と言われていました(笑)
ここに参戦した鷹木信悟選手はなんと、
開幕戦で当時三冠ヘビー級王者であった
宮原健斗選手から勝利を奪います!
さらにリーグ戦2位という結果を残しました。
ドラゴンゲートの選手は階級で言うと
Jr.ヘビー級の選手ばかり。
チョップやラリアットの打ち合いなどを
ヘビー級並みの体格だった鷹木信悟選手と
やり合える選手はほとんどいません。
それに比べてチャンピオンカーニバルは
石川修二選手やジョー・ドーリング選手など
190cm台のスーパーヘビー級の選手たちと
バチバチにやり合った激しいリーグ戦。
ここでの戦いは間違いなく鷹木信悟選手に
大きな影響を与えたことでしょう。
その1か月後のことでした。
ドラゴンゲートに大激震が走ります。
2018年5月にドラゲーはCIMA選手を
代表とする新体制になりました。
CIMA選手をはじめとする主力選手が
ドラゲー本隊から離れて他団体やアジアの
団体に参戦するということになりました。
おそらく他団体への参戦が決定したのは
チャンピオンカーニバル前でしょう。
新体制が機能する最中だったからこそ、
鷹木信悟選手はチャンピオンカーニバルへ
参戦が可能になったのでしょう。
そして鷹木信悟選手の他団体参戦の思いは
留まることを許しませんでした。
2018年9月。
ドラゴンゲート公式HPで退団が発表されます。
印象としては「当然かな」という感じですね。
先述のチャンピオンカーニバルでの活躍も
新しい記憶でありましたし、
チャンカーの楽しみの一つであります、
敗退選手たちによるタッグマッチでも
リーグ戦で当たらなかった選手たちとの
マッチアップも魅力的でした。
これからは全日本に参戦していくのかなと、
プロレスファンとしては楽しみな展開に
なりそうというところでした。
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鷹木信悟「引退するわけねえ!」と堂々たるフリー宣言?
2018年10月7日をもってドラゴンゲートを
退団した鷹木信悟選手。
当日は福岡で行われたドラゴンゲートの
博多スターレーン大会でした。
福岡大会といえばドラゴンゲートにとっても
鷹木信悟選手にとっても特別な場所。
福岡のフジテレビ系列のテレビ局・TNCは、
闘龍門時代から唯一地上波でレギュラー放送を
していたテレビ局なんです。
以降は年に一度しかなかった大会の数も
増えるなど福岡は関西・関東の放送局に
負けないくらいドラゴンゲート人気が
高い地域として知られています。
鷹木信悟選手は博多スターレーン大会で
デビューした選手なので思い入れがあり、
原点ともいえる場所なんですね!
そんな思い出の土地で迎えた鷹木信悟選手の
ドラゲー最後の試合は同期であり、
そして永遠のライバルでもある男、
B×Bハルク選手とのシングルマッチ!
これまで幾度となく対戦してきた2人。
最後の試合であってもお互い手を緩める
ことなんてあるはずがありません。
鷹木信悟選手がバンピングボンバーと
必殺のスープレックスを繰り出す典型な
パワーファイターならば、
ハルク選手は鮮やかなキック主体の
コンビネーションラッシュを得意とする
ストライカーでありながら、
フィニッシュホールドはトラースキックという
往年のアメリカのスターの要素を持った選手。
お互いがお互いの手の内を知り尽くしており、
それが故の真っ向勝負!
それを制したのはB×Bハルク選手でした!
試合後にリング上で会話をする2人。
一度はタッグを組んでNOAHの至宝である
GHCジュニアヘビー級王座に戴冠した歴史も
ある2人からは照れながらもお互いを認め、
旅立ちの背中を押す言葉が自然と出てきます。
そして硬い握手を交わしてそれまでの
しんみりした空気を吹き飛ばすかのように、
「引退するわけじゃねえ!どこのリングに上がるかわかんないけど、近い将来、また決着戦やるぞ!オマエとは終わりなしだ!」
という鷹木節がさく裂!
14年という長い歴史の中で生まれた友情。
会社がハルク選手を推していく中で、
きっと生まれただろう嫉妬心。
その気持ちが自分自身を強くして掴んだ栄光。
すべての思いをぶつけ合ったラストマッチ。
筆者もここで改めて、
「ああ、鷹木は旅立つんだな」と
感慨深くなりました。
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鷹木信悟がパレハ?内藤哲也の重大発表!ロスインゴに新メンバー加入か?
そんな感動的なドラゴンゲートの動向とは
全く関係ないところでプロレス界に
炎上レベルの激震がおきます!
10月2日に欠場中だった高橋ヒロム選手を
除くLOS INGOBERNABLES de JAPONの
全メンバーが新日本プロレスが運営する
YouTubeの公式チャンネルに登場して、
「新パレハ」を予告しました。
この重大発表にはファンも騒然!
10月8日の両国国技館大会で行われる
6人タッグマッチで発表されるらしく、
内藤哲也選手&SANADA選手チームの
パートナーが「X」となっており、
「新パレハ」が登場するとみられました。
ネット上ではプロレスファンによる
「新パレハ」予想が始まりました!
新日本内の別ユニットから引き抜くのか?
それとも海外遠征にでている若手選手か?
もしかして他団体の選手か?
動画内で内藤哲也選手が発言していた、
「一歩踏み出す勇気」
これは内藤哲也選手が直々に勧誘している
可能性が高いことを示唆しています。
ネット上で様々な選手の名が上がる中で
ファン予想の筆頭に上がったのは、
鷹木信悟選手でした!
やはり退団の時期や最終戦の次の日が
両国大会という事も相まって、
ダントツで「鷹木新パレハ説」は
界隈で広まっていきました。
その中で面白い予想をする人もいました。
前の神戸大会で外道選手に裏切られた、
「オカダ・カズチカ選手なんじゃないか!?」
「内藤哲也選手との遺恨があるタイチ選手が加入する線もある!?」
「ゴールデン☆ラバーズとバレットクラブエリートの微妙な空気をふっとばして飯伏幸太選手が電撃加入!?」
などなど。
ここで一つの考察。
内藤哲也選手とパレハの関係には、
共通するものがあります。
それは「同門」ということ。
EVIL選手とBUSHI選手というメンバーは
レスリング兼プロレスの名門ジム、
アニマル浜口レスリング道場出身なんです!
自分が培ったものや経験に絶対の自信がある
内藤哲也選手は同じ場所で修業した選手を
仲間にしたかったのでしょう。
SANADA選手と高橋ヒロム選手らは、
2人の後に入ったパレハ。
様々な出会いの中で本当にいい選手を
引き入れるために、
選択肢を広めていったのでしょう。
その線で考えるととオカダカズチカ選手や
タイチ選手などは現実味がないなと思います。
では飯伏幸太選手は?
これもまあない線ではあるんですが、
内藤哲也選手が大事にしている要素で
「同級生」というのもあります。
内藤哲也選手は昭和57年生まれということで
「57会」という同級生レスラーの交流会を
開催しています。
大日本プロレスの岡林裕二選手や、
デスマッチヤンキーの宮本裕向選手。
なんとバレットクラブOGの石森太二選手も
このメンツに名を連ねています。
そして飯伏幸太選手もに参加しています。
飯伏幸太選手が新日本プロレスとDDTの
2団体同時所属になった頃、
内藤哲也選手と飯伏幸太選手の関係は
同級生という事でよく絡みがある2人でした。
しかしそれはリング上ではなく、
メディア取材などが多かったんです。
飯伏幸太選手が雑誌の取材を受けている時に
不意に現れて「飯伏さんはなんで本隊のバスに帯同しないんですか?2団体所属はVIPなんですか?」などという、
仲がいいからこその嫌味などを言ったり
温かい姿が多く見られました。
なので「新パレハ・飯伏説」は確かに、
ダークホース的な予想ではありました。
しかしそれを打ち消したのが、
その日のメインイベント。
IWGPヘビー級選手権3WAYマッチ
ケニー・オメガvsCODYvs飯伏幸太
そうメインでIWGPやるんです!
これはもう飯伏説は消えたも同然ですね。
さてもう一度ネットの予想を見てみると、
やはり一番人気は鷹木信悟選手。
先述した要素とも照らし合わせてみると、
なんと鷹木信悟選手はアニマル道場出身
かつ同級生なんです!
もちろん57会のメンバーでもあります。
さあここにきてライトファンの予想と
マニアックファンの予想はほぼ一致。
どうなる?
両国大会!
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鷹木信悟ついに新日本入り?移籍先は一体?
新日本プロレスは年に1回、
東京ドーム大会を開きます。
そう「イッテンヨン」ですね。
しかし昔は年に3回も開いていた時期が
あったこともご存知でしたか?
恒例の1.4。
そして4月と10月。
いわゆる半期に一度開催していたんです。
後に福岡ドームや大阪ドームそして
名古屋ドームと勢力を拡大していきます。
そこで開かれたビッグマッチは、
新日本プロレスだけでなくプロレス界の
歴史に残る名カードが数多くあります。
4月のドームで言えばプロレス界最大の
遺恨マッチと言われる、
橋本真也vs小川直也
負けたら即引退!
あの不穏な空気から生まれたこの遺恨。
二人だけでなく新日本プロレスと
アントニオ猪木氏の関係まで影響が
及んだ「事件」でした。
そして忘れてはいけないのが、
「燃える闘魂」アントニオ猪木氏が
引退したのも4月のドームでした。
10月のドームと言えばやはり、
「新日本プロレスvsUWFインターナショナル」の
対抗戦の大一番。
武藤敬司vs高田延彦
新日本のイデオロギーが勝つのか、
それともUの系譜がそれを崩すのか。
「10.6」というのはプロレスファンには
特別な日付なんです!
その他に長州力選手の「キレてないですよ」
というモノマネが生まれた要因となった
長州力vs安生洋二戦
佐々木健介選手の「ポカした」という
名言(迷言?)が生まれた、
佐々木健介vs垣原賢人戦
という仮にプロレスファンでなくとも
知っているであろう「ワード」が
生まれた日でもあるんですよね(笑)
そんな何かが起きるドーム大会。
現在は場所を変えて4月と10月ともに
両国国技館で開催されている、
半期に一度のビッグマッチ。
そんな「何かが起きる10月」の今回の
目玉は史上2度目となるIWGPヘビー級の
3WAYマッチよりもやはり、
ロスインゴの新パレハ!
いったい誰なのか?
ロスインゴの試合前に鷹木信悟選手の
Twitterを見てみると、
前日の試合でダメージを受けた目の
アップ画像が投稿されていました。
白目の部分が内出血しており、
激しい戦いであったことが伺えます。
ここでプロレスファンお得意の深読み。
内藤哲也選手の”あのポーズ”に似てません?
そして前日のドラゲー・ラストマッチ後の
インタビューでは、
「どっかの団体の同級生が言ってたけど、ドラゴンゲートのおかげで”一歩踏み出す勇気”を貰った」
という発言。
意味深としか言いようがない…!
などと思っていると、
新日本プロレスワールドのブラウザ上は
物々しい空気に支配されていました。
会場モニターに「THE DRAGON」の文字。
藤波・・?
いやいや、ないない。
そうこうしていると遂に新パレハ登場!
L・I・Jパーカーを着てロスインゴの
象徴でもあるあの奇妙なマスク。
会場を練り歩く新パレハ。
薄暗いなか目を凝らして見ると、
その体はかなり鍛え上げられた筋肉で
覆われていることが微かに確認できます。
ロングタイツに屈強なボディ…
そしてついにその男はマスクを外します…
鷹木信悟!
やはり新パレハは鷹木信悟選手でした!
もう完全に予想通りでしたが、
その予想を裏切ってくるのがプロレスの世界。
そして予想通りだったとしても、
アガってくるのがプロレスの醍醐味!
そしてなんと鷹木信悟選手、
新日本への挨拶代わりと言わんばかりに
あの技を繰り出します!
ラストファルコンリー!
ドラゲー時代には奥の奥の奥の手としか
使わなかった超必殺技をかましたんです!
名前も変更して「ラストドラゴン」という
新必殺技へと進化させています!
こうして鷹木信悟選手は一気に解放されて
ロスインゴ入りを果たし、(予想通り)
初めてみる新日本ファンへ向けて、
最高のアピールが出来たんです!
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鷹木信悟のその後の評判は?これからの人気は?
試合を終えた後すぐに鷹木信悟選手は
Twitterを更新しています。
「一歩踏み出す勇気」とだけ書かれ、
ハッシュタグに「njpw」が入っていました。
鷹木信悟選手がSNSで炎上したのは、
実は今回が初めてではありません。
ドラゴンゲート年間最大の大会、
神戸ワールド記念ホール大会を前に
CIMA選手の代表就任へ繋がる前社長からの
「選手への代表権譲渡」発言があります。
この時に鷹木信悟選手はTwitterにて
このような発言をしています。
引用:https://twitter.com/takagi__shingo
さらに
引用:https://twitter.com/takagi__shingo
「プ女子」という言葉を使って
プロレスファンが多くなることは
嬉しい反面なんでもかんでもカジュアルに
してしまってリング上での戦いが、
ないがしろになってしまう事を危惧したと
思われるであろうこの発言。
事実ドラゴンゲートはプロレス界に珍しく
女性ファンが多く付いた団体でした。
女性の「おっかけ」気質。
いわゆる「オタク」な部分を触発する演出は
アイドルのコンサートやビジュアル系の
ライブのそれと遜色ないものでした。
だからこそガラパゴスでいられたんです。
他団体と交流しないという言い方は、
基本的に交流するのが当然と思われていた
インディーズ界と比べた時の話しであって、
昔の新日や全日は交流していたでしょうか?
答えは、ノー。
ドラゴンゲートは自団体のみで大会が
成立していた数少ない団体。
2000年代以降のプロレス低迷期において
後楽園ホールやそれクラスの会場を
フル使用して満員にできた団体は、
三沢光晴時代のNOAHや武藤敬司時代の
全日本プロレスくらいで。
ドラゴンゲートは現在の新日本プロレスの
一強時代おいても常に会場は満員なんです。
「他団体交流しなかった」というよりは、
「する必要がない」が正しいですかね。
そんな歴史が生み出した元祖プ女子な人々。
いつしか鷹木信悟選手は黄色い声援ではなく
怒号のような声援や子供たちの応援によって
会場を埋めたいという愚直な思いが
胸に募っていったのでしょう。
この発言をしたときはまだドラゴンゲートに
いるつもりだったのかなと思います。
心の底からドラゴンゲートの”今”を
変えたかったんじゃないかと。
しかしドラゲーが示してきたこのスタイルを
崩すことが本意ではない。
ならば己が出る。
きっとこの思いをもって新日本プロレスに
来たのでしょうから、
これから「鷹木支持者」はどんどん
増え続けていくでしょうね!
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鷹木信悟は現在BUSHIとタッグ?今後の階級は?
2018年10月現在。
新日本プロレスではジュニアヘビー級選手の
タッグリーグが開催されています。
鷹木信悟選手はBUSHI選手とエントリー。
初戦をラストドラゴンできっちり押さえ、
リーグを驀進するのは間違いありません。
1つ気になるのは鷹木信悟選手は体格的に
Jrヘビーでやるのかな?ということ。
ドラゲー時代は階級の概念がないですが、
鷹木信悟選手は178センチ98キロ。
確かに体重的にはジュニアですが、
EVIL選手と身長は変わりません。
全日本のチャンピオンカーニバル参戦で
バチバチやり合っているのを見ると、
やはりヘビー級でやって欲しいな、
というのが筆者の正直な感想です。
おそらく今回のタッグリーグ戦、
本来ロスインゴからは高橋ヒロム選手と
BUSHI選手がタッグチームを組んで
エントリーする予定だったはず。
しかし高橋ヒロム選手は復帰未定の欠場中。
BUSHI選手もはっきり言っているように、
新加入の鷹木信悟選手が高橋ヒロム選手の
代わりではないことは確かです。
鷹木信悟選手のロスインゴ入りが確定したのが
先なのか高橋ヒロム選手の欠場が先なのかは
ぶっちゃけわかりません。
高橋ヒロム選手が欠場しなければ、
鷹木信悟選手のロスインゴ加入は
無かったのか?とも思えます。
高橋ヒロム選手が出場している状態で
鷹木信悟選手がロスインゴ入りしたら…
おそらく鷹木信悟選手は体重を増やして
ヘビー級でやっていたでしょう!
さらにいうと内藤哲也選手とのタッグで、
G1タッグリーグにエントリーできますから!
・・・など考えると、
やはり鷹木信悟選手のロスインゴ入りは
新日本プロレス全体にとっても
最高のスパイスになったと思います。
今後の階級として個人的に考えているのは、
まずはジュニアヘビーを完全制覇。
そしてヘビー転向を果たしてほしいです!
これからの鷹木信悟から目が離せません!