鈴木みのるは性格いい人?結婚&高山と最近の仲は?昔の髪型やWiki風プロフィールも紹介!

引用:https://www.instagram.com/kidd_reaper97/

現在その勢いは増すばかりのプロレス。

その中でもアメリカのWWEと双璧をなす、

世界中からの人気が高い日本の団体が

新日本プロレスですよね!

その中において「世界一性格の悪い男」

呼ばれるプロレスラーがいます。

その人物は鈴木みのる選手!

独特な髪型とリング内外で暴れまわり、

憎たらしいマイクパフォーマンスをする

姿はまさにその異名通り!

しかしリングを降りた鈴木みのる選手は

性格が悪い男とは思えないほどの印象で

いい人な一面を垣間見せるときがあります。

人柄や性格も実は優しいとか!

今回は漫画のワンピースが大好きでSMAPと

共演も果たしたことがある鈴木みのる選手を

紹介していきたいと思います!

結婚はしているのか?
子供は?どんな奥さん
お嫁さん息子性格が悪いのか?
大海賊祭ってどんなイベント?
高山善廣選手との関係はいかに?

経歴だけでなく現在もまとめました!

鈴木みのるのWiki風プロフィール

引用:https://www.instagram.com/suzuki.d.minoru/?hl=ja

リングネーム 鈴木 みのる
本名 鈴木 実
ニックネーム プロレス界の王様
世界一性格の悪い男
生年月日 1968年6月17日
年齢 50歳
出身地 神奈川県横浜市西区
身長 178cm
体重 102kg
血液型 B型
プロデビュー 1988年6月23日
芸能事務所 サンミュージックプロダクション

鈴木みのる選手は日米の野球で活躍した

大投手・松坂大輔投手の出身校で有名な

横浜高等学校のレスリング部出身です。

レスリング部時代には他校の同級生で後に

パンクラスという団体を共に立ち上げる

高橋義生選手とライバル関係だったらしく、

国体を始めとする様々な大会に出場しては

ライバルとして切磋琢磨していました。

高校卒業後に新日本プロレスに入門して

1988年にリングデビューするのですが、

その相手がなんと飯塚高史選手でした!

当時は本名の「飯塚孝之」でしたが、

まさかこの2人が現在の関係になるとは

誰も予想できなかったですよね…。

鈴木みのる選手がプロデビューした頃の

新日本プロレスは今も熱狂的なファンが

存在するUWFとの対抗戦の時期でした。

前田日明氏が長州力選手へ放ったキック、

顔面蹴撃による眼窩底骨折の怪我の責任を

取る形で新日本プロレスを解雇になり、

第二次UWFを立ち上げた時期です。

鈴木みのる選手はデビューした翌年に

藤原喜明選手や船木誠勝選手と共に、

新日本プロレスからUWFへ合流します。

そして東京ドームに6万人を動員した伝説の

興行「U-COSMOS」を開催します。

UWFを象徴する大会と言われていますよね!

この大会では鈴木みのる選手にとって、

大きな衝撃となっている試合が組まれます。

「世界で一番強いマーシャルアーティスト」、

モーリススミス選手との異種格闘技戦です!

当時キックボクシング界で名を馳せており、

チャンピオンだったモーリススミス選手を

相手に鈴木みのる選手は4RKOで敗北します。

本人曰く「スミスの強さにビビって大観衆の前で泣いて自らリングに寝転がった」

当時を振り返って語っていますが、

デビュー2年目で東京ドームの大一番を

経験した鈴木みのる選手は評価を上げて

多くのプロレスファンの記憶に残りました。

その後は第二次UWFが崩壊してしまい、

選手たちは3つの団体に分派します。

前田日明氏は「リングス」を立ち上げ、

高田延彦氏は「UWFインターナショナル」、

そして藤原喜明選手は

「プロフェッショナルレスリング藤原組」を

それぞれ立ち上げました。

鈴木みのる選手は船木誠勝選手らと共に

藤原組に参加することを決意します。

しかしエンターテイメントというよりも

格闘技路線を追求する鈴木みのる選手らと

藤原喜明選手との間で意見や考え方の

相違が生まれてしまったことが原因で

藤原選手と後に「格闘探偵バトラーツ」を

立ち上げる石川雄規選手を除く全選手が

退団してしまいます。

1993年に鈴木みのる選手は船木誠勝選手と

共に理想のファイトスタイルを求めた団体、

「パンクラス」を立ち上げます。

ハイブリッド・レスリングと呼ばれた

パンクラスはUWFのときと同じような

熱狂的なファンを多く生み出しました。

その特徴は「秒殺」

これまで見せられたプロレスの試合では

ありえなかった試合展開や攻防を求め、

行きついた先がこのスタイルです!

観客が静かに固唾を飲んで観戦しています。

そしていわゆるプロレスの攻防ではなく、

打撃とグランドでの関節の取り合い。

極まる一瞬を決して見逃さんと括目して、

極まった瞬間に大歓声の観客が印象的です!

この頃のプロレスの試合は10~15分ほどの

試合ばかりに対してパンクラスの1試合の

平均時間は約5分くらいでした。

東京ベイNKホールでの旗揚げ戦では

全5試合が行われたのですが、

その試合時間の合計はなんと13分5秒!

試合平均3分弱で決着がついたんですね!

このあっという間に勝負が決まったことを

報じる言葉が「秒殺」でした。

今でこそ総合格闘技が一般化していますが

当時はまだ見慣れない光景でしたね。

第一次UWF時代から前田日明氏が

追い求めてきたものをより激しく、

よりハイブリッドな格闘技にまで

昇華させたのが「パンクラス」でした。

ケンシャムロック選手やバスルッテン選手ら

多くの外国人選手も参戦しており、

パンクラス所属の選手も近藤有己選手に

高橋義生選手など充実していました。

須藤元気氏も戦っていましたね!

そんな激しい戦いを続けていくうちに、

選手の身体はボロボロになっていきます。

当然ですが鈴木みのる選手も例外ではなく、

首の怪我でコンディションが落ちてしまい、

結果が残せなくなっていきます。

さらに前田日明氏との確執や団体内での

意見の相違といった問題もありますが、

何より大きいのが船木誠勝選手の引退です!

2000年に行われた「コロシアム2000」で

船木誠勝選手は日本格闘技界最大の敵、

ヒクソン・グレイシー選手と対戦しました。

しかし結果は裸締めで船木誠勝選手の失神の

一本負けを喫してしまいました。

そして船木誠勝選手は引退を宣言します。

当時のパンクラスは「PRIDE」などの台頭で

以前までの勢いはなくなっていました。

鈴木みのる選手はある男との闘いに挑みます。

2002年の横浜文化体育館大会なんですが、

対戦相手は獣神サンダーライガー選手!

これ以降鈴木みのる選手はデビュー以来、

約15年ぶりに新日本マットに戻ってきます。

同じくU系の流れを組むリングスを退団し、

新日本に参戦していた成瀬昌由選手との

試合で新日本に復帰した鈴木みのる選手。

本格的にプロレスに復帰します。

盟友・高山善廣選手とのタッグチームで

新日本だけでなく全日本やNOAHなど

メジャー団体を制圧していきます!

ヒールユニット「GURENTAI」を結成し、

菊タロー選手やNOSAWA論外選手らと

共に様々なインディーズ団体へと、

その勢力を広げていきます。

メジャー団体ではタイトルを総なめで、

インディーズでもその影響力は当然絶大!

異名通り「プロレス界の王様」となります!

現在も新日本プロレスで「鈴木軍」の

ボスとして君臨している鈴木みのる選手!

IWGPインターコンチネンタル王座や

NEVER無差別級を獲得したこともあり、

まだまだその力は衰えることを知りません!

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鈴木みのるの必殺技と入場曲は?

鈴木みのる選手は多くの技が存在する

プロレス界において少ない技で試合を

組み立てる稀有な選手です。

そして試合の展開が実に上手い!

打撃
サブミッション
スープレックス

どれもスタンダードながらスピード、

角度、手数、タイミングどれをとっても

他の選手とは一戦を画しています。

中でも特にフェイバリットなのが、

ゴッチ式パイルドライバーです!

「ゴッチ」とはプロレスの神様と

言われているカール・ゴッチ氏の事。

持ち上げる際に相手の足の付け根を

クラッチしている所が通常の

パイルドライバーとは違う部分。

鈴木みのる選手が使用する前も試合の

中盤の繋ぎ技として使用する選手も

いましたけど鈴木みのる選手はこの技を

必殺技にまで昇華させたのです!

そして新日本参戦初期の必殺技で、

今でもフェイバリットホールドである

逆落としも有名ですね!

スタンディングスリーパホールドで捉え、

そのまま体を反転させて背負い投げの要領で

締まっている相手の首から叩きつける、

とてもえげつない技です!

現在は投げた後にも締めを解かず、

より深くスリーパーを決める繋ぎとしての

頻度が高い傾向にあります。

このほかにタランチュラ式の腕ひしぎや、

卍固めなど鈴木みのる選手の技はありますが、

特筆すべきは技をかけている時のその表情…!

まさに「世界一性格の悪い男」!

そして鈴木みのる選手の入場曲と言えば、

「風になれ」です!

パンクラス時代からずっと使用しており、

様々なこだわりを持つ鈴木みのる選手が

特にこだわった入場曲と言われています。

鈴木みのる入場曲「風になれ」中村あゆみ熱唱

引用:https://www.youtube.com/watch?v=A0P-SgpwYnE&t=117s

鈴木みのる選手が大ファンだと公言する

アーティスト中村あゆみさんが作った曲で

「風になれ」以前に使用した入場曲や、

ここ一番にだけ使用した曲もすべて

中村あゆみさんが手掛けています。

会場へ行った方ならばお分かりでしょうが

サビの終わりでタイトルでもある歌詞、

「風になれ」の箇所は会場が大熱唱!

そして鈴木みのる選手も合わせるように

リングインするこだわりを持っています。

そんな最高に盛り上がる入場から始まる

鈴木みのる選手の熱い試合!

多くのファンがいるのも納得ですね!

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鈴木みのるの髪型はかっこいい?昔の画像は?

引用:https://ameblo.jp/suzuki-minoru

プロレスラーというのはキャラクターの塊。

デビューしたての頃は黒いタイツに髪型

坊主かスポーツ刈りのどちらかです。

筋肉もプロテインによるマッチョではなく、

分厚くないナチュラルなもの。

まあ素朴な若者って感が強いですよね!

ですが新日本プロレスの場合は海外修行から

戻ってきたらガラッと変わる!

そういうキャラクターや見た目の変化も

プロレスファンの楽しみの一つです。

では鈴木みのる選手はどういった変化を

見せてくれたのでしょうか?

まずはデビューして間もない昔の画像

引用:http://blogimg.goo.ne.jp

そしてヒールレスラーへと変化した髪型は

イカついですし凄みが増しています!

鈴木みのる選手の髪型は独特ですよね!

新日本プロレス参戦時は丸坊主の髪形で、

それから独特なモヒカンヘアー

そして現在の髪型でもある総柄ヘアー

一度見たら忘れられないヘアースタイル。

若かりし頃はリーゼントが多かったですが、

プロレス復帰以降はシリーズ毎に変えていて

ビッグマッチに臨む時には衣装も含めて

特別なスタイルで登場します!

アッシュカラーの髪型にタイツもいつもの

黒色じゃなく白色でした。

鈴木みのる選手は昔から大一番の時には

「白装束」で試合に臨みます。

近年では永田祐司選手や桜庭和志選手、

自身の30周年記念興行「大海賊祭」での

オカダカズチカ選手らとの試合では、

「白鈴木」で挑んでいます。

鈴木みのる選手のスタイルはそこら辺の

ファッションでは決してなく、

生き様を表すファクターなんですね!

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鈴木みのるは性格いい人?人柄は優しい?

引用:https://www.instagram.com/suzuki.d.minoru/?hl=ja

ヒールレスラーによくある「実はいい人説」!

鈴木みのる選手は「世界一性格の悪い男」と

呼ばれる異名を持つくらいリング上では

傍若無人な振る舞いをしています!

しかし実際にそうなのでしょうか?

鈴木みのる選手は自身のアパレルブランド

立ち上げてショップも構えています。

そして鈴木みのる選手本人が店頭

立つこともあります。

その時は気さくに写真撮影をしてくれると

ファンの方々のSNSで紹介されています!

リング上で表現する怖い顔や立ち振る舞いは

降りたら見せないいい人のようですね。

鈴木みのる選手には「いい人」「優しい」

という言葉では表せない一面があります。

2011年3月11日は東日本大震災という

未曽有の自然災害に見舞われます。

東北地方を中心に東日本全体が被災して、

以降も余震は続いて原子力発電所の事故も。

今なお復興中の地はあります。

当日の鈴木みのる選手は全日本プロレスの

巡業でバス移動していました。

パーキングエリア滞在中に被災して、

ケガはなかったですが全日本の興業は中止。

スケジュールも見直すことになります。

その時に鈴木みのる選手がファンの方から

言われた言葉がありました。

「東北でプロレスやってください」

この言葉を受けて全国が自粛モードなときに

鈴木みのる選手はプロレスで被災者へ向けて

復興をしようと動き出します。

プロレスラーに憧れてプロレスに飛び込み、

会社や世の中に翻弄させられながらも、

理想のスタイルを追求してきた男。

プロレスに魅せられた男。

プロレスをやることですべての人々を

熱狂させて楽しませることが自分の使命と

認識しているわけですね。

しかしNOAHの杉浦貴選手が震災時に

「プロレスで勇気を、なんて自己満足だ」

という発言が物議を醸します。

もちろん未曽有の自然災害に杉浦貴選手も

”戸惑っていた”時の発言です。

しかし鈴木みのる選手は許しませんでした。

怒りというよりは同じ方向を見ていると

思っていた人が”そうじゃなかった”ことへの

悲しみに溢れていたんだと思います。

『オレは、言いたいコトがある。』

引用:https://www.youtube.com/watch?v=3Co4OFlDYYE&t=1s

鈴木みのる選手のプロレス愛が本物で、

聞いていると胸が熱くなってきますね!

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鈴木みのると高山善廣の関係は?仲のいいエピソードは?

引用:https://www.instagram.com/suzuki.d.minoru/?hl=ja

鈴木みのる選手はプロレス界で交友関係が

一番広いといっても過言ではありません。

中でも数々のタイトルを総なめしてきた、

最強の”相棒”高山善廣選手との関係性は

かなり有名だとは思います!

2003年に全日本プロレスからNOAHへ移籍、

GHCヘビー級王座を獲得するなど活躍して

脅威となる勢力を新日本プロレスにまで

伸ばしてきた時期に鈴木みのる選手と共に

「外敵タッグ」として新日本プロレスを

苛烈に支配していきます。

両名はプロレス界において数少ない偉業を

なしえた2人なんですよね。

それはメジャー団体のベルト制圧。

高山善廣選手は、

IWGPヘビー級&同タッグ
三冠ヘビー級&世界タッグ
GHCヘビー級&同タッグ

を全て戴冠しています!

三大メジャーグランドスラム達成ですね!

そして鈴木みのる選手もIWGPヘビー級こそ

未戴冠ではあるものの、

IWGPインターコンチネンタルなどの

メジャーシングルタイトルは全て戴冠し、

まさにプロレス界の帝王と王様タッグです!

そんな2人の絆に亀裂が入る事件が起きます。

2015年にNOAHへ侵攻した鈴木軍。

いつものように暴れまわっているところに、

高山善廣選手が登場しました。

しかし鈴木軍との共闘が目的ではなく、

NOAHの一員として鈴木軍と戦うと

宣言して会場を驚かせました!

これに激昂した鈴木みのる選手は試合中に

高山選手をパイプ椅子でボコボコにします!

そして長く続いていた高山善廣選手との

関係は「これで終わりだ」と宣言しました。

しかし「帝王」高山善廣選手ですが、

試合中のアクシデントにより頸椎を損傷し、

現在は病院にて療養中です。

その高山善廣選手を支援するプロジェクト

「TAKAYAMANIA」が立ち上がります。

事務所である「高山堂」やDDTプロレス、

そして”相棒”鈴木みのる選手の呼びかけで

設立されたTAKAYAMANIAプロジェクトに

多くの団体が賛同しています。

試合会場ではリハビリ中の高山善廣選手へ

募金活動が始まりました。

そしてプロジェクトに賛同した団体や

プロレスラーたちによる興行、

「TAKAYAMAEMPIRE」が開催されます。

この日のメインを務めた鈴木みのる選手は、

「あいつが帰ってくるリングが今日生まれたんで、これを残していかないと」

と発言しました。

U系出身でプロレスにのめり込んだ者同士、

その葛藤も共有したことでしょう。

もしかしたら純プロまっしぐらの選手より、

深いところで議論を交わしたかも!

先述した震災時の発言もそうですが、

鈴木みのる選手は「理想に対してピュア」

なんだと思います。

その純粋さから出る言葉が時にはトゲが

あるせいで「性格が悪い」「嫌なヤツ」と

言われているのでしょう。

国内を席巻した高山善廣選手とのタッグ、

再び見られる日を心待ちにしています!

※「高山善廣の現在」は以下の記事でも紹介しています

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鈴木みのるの結婚相手は?どんなお嫁さん?子供は?

辛辣な発言と過激な攻撃で人気の高い

鈴木みのる選手のプライベートな部分は

どんな方なんでしょうかね?

鈴木みのる選手は公表はしていませんが、

結婚して息子さんもいらっしゃいます。

初めてNOAHに参戦したときNOAHには

「ムシキングテリー」というマスクマンの

レスラーが活躍していました。

これは子ども向けのアニメやゲームなどを

展開している「ムシキング」とのコラボで

生まれたプロレスラーなんです。

鈴木みのる選手のお子さんはムシキングが

大好きらしく鈴木みのる選手はNOAHの

大会に息子さんを連れてきたり、

NOAHのパーティーに参加した時には

ムシキングのキャラクターもおり、

記念撮影をして息子さんに自慢したとか。

なかなかいいパパをやっている様子ですね!

奥さんについてはSNSなどを通じて、

夫婦円満をアピールしている様子。

なにやらには頭が上がらないとか…

「世界一性格の悪い男」ですら制御不能で

頭が上がらないのはどんなレスラーよりも

お嫁さんのようですね…!

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鈴木みのるの最近とまとめ

鈴木みのる選手について見てきましたが、

まとめると、

・デビュー間もなく、会社の事情によりUWFへ。そして2年目で東京ドームで、
モーリス・スミスとシングルマッチ。

・船木誠勝選手とパンクラス立ち上げ。理想を求めるあまりケガが絶えず、選手たちも疲弊。船木誠勝選手の引退と、団体は暗雲立ち込めていく。

・獣神サンダーライガー選手との闘いからプロレス復帰。
50歳を目前にしている現在も鈴木軍のボスとして様々なタイトル戦線に絡む活躍をしている。

・仲間思いで、曲がったことが嫌いな性格から「世界一性格が悪い男」と呼ばれるが、
実はプロレス界一ピュアな男。

現在も新日本が保持する王座に絡む動きで

注目の的となる鈴木みのる選手。

「獲物を狙う目」がハンパないですね。

奪取したら終わり
防衛したら終わり
負けたら終わり

そんな言葉は鈴木みのる選手にはありません。

終わりは次への始まり。

休んだらそこで全てなくなる。

苦しい時代を経験からくる発想でしょう。

インタビューで鈴木みのる選手は試合の

順番について語ったことがありました。

ベルトを持ってなかったり観客が沸く

試合に組み込んでいなかったら、

どんどん試合順が早くなってくる。

休憩前に試合が組まれたときに、

「ヤベェな」と思ったといいます。

それから新日本ではなくNOAHへ進出し、

王座を獲得していました。

丸藤正道選手や杉浦貴選手らNOAH勢との

激しい試合を繰り広げた鈴木みのる選手。

どこまでも貪欲な男に目が離せません!